2012年5月27日 (日)

質と評価の一致

「なんだか味が落ちたような気がする」
「もう1軒の別のお店の方がずっと美味しい」
ミシュランで星を獲得したお店で食事をした友人のことばです。WEBで評価を見てみると、確かに悪い!

こういった評価を、一般人の投票だと舐めている人も多いようですが、数値として表れる「集合知」は意外と的確だったりします。

「あのドラマ、全然おもしろくない」
行きつけの美容室のスタイリストのことばです。
「主人公を演じている俳優のファンなので見てみたけど、おもしろくないから見るのをやめた」そうです。その番組は、休日のゴールデンタイムでの放送にもかかわらず、視聴率が5%を下回る状況で、あえなく番組は打ち切りとなりました。

「綺麗に陳列されているけど商品数が少なく、きっとここでは買わないだろうな。」鳴り物入りで進出した有名百貨店に初めて行った時の感想です。そして、現在、その百貨店の売上は低迷中だとか。

「数字」がすべてではないですが、「数字」が多くの人の心の内を多かれ少なかれ物語っていることも確かです。

将来の資産形成に投資信託の利用が叫ばれていますが、残高はさほど増えていません。多くの人は、投資信託を購入しても「得ではない」と感じているからなのでしょうか。実際に、このところの運用成果は芳しくはありません。

そして、何より投資信託会社(以下投信会社)の存続は大丈夫なのかと危惧します。

投信会社にとっての収益源は、ファンドの残高に応じて差し引く信託報酬ですが、その水準は年1-2%といったところです。ということは、ファンドの残高が100億円でも、年間1-2億円の収入にしかなりません。そこから人件費や通信・設備費用なども差し引かれるわけですから、大手金融機関の傘下の投信会社ならまだしも、運用資産残高が100億円にも満たない独立系の投信会社となると運営はかなり厳しいはず…

長期的な資産形成をするために投資信託を利用する場合、少なくともそれを運用する投信会社が長期にわたり存続していることが最低条件になります。

投資家サイドに信頼される運用を行おうと志をもって投信会社を立ち上げても、存続できなければかえって信頼を失墜させることにもなってしまいます(*ファンドに投資した資産は分別管理されていますので、投信会社が倒産しても資産は保全されていますが、その時点でその資産は返還になるのが一般的ですので、長期にわたる資産形成がそこでストップすることになります)。

多くの人は、詳しくは知らなくとも潜在意識から直感的に感じているのでしょうか。独立系の投信会社の残高(「数字」)はなかなか伸びない…。

どの業界でも「規模」は企業運営に有利に働くのが一般的ですが、投信の場合、存続するために必要な「最低規模」のハードルが高すぎる一方で、1ファンドを運用するのに運用資産が大きすぎるとかえって運用が難しくなるとされており、特殊な業界です。

そこで、投信会社が行うべき共通のものについては、ひとつの公的なプラットフォームで管理するなど、各投信会社がかける固定費が少なくなるように制度設計をし、資金力を持たなくとも志あるファンドマネージャーが運用に没頭した結果、「数字」でフェアに評価される・・・という具合にはいかないものでしょうか。

う~ん、弱肉強食の資本主義社会ではムリですかね。

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2012年5月19日 (土)

均一を選ぶ人々…

(イ)
「Aというモノ」と「Bというモノ」の二者択一の場合、Aの方がBよりも価値(満足度)が高ければ、Aを選びますよね。

20120519a
(ロ)
では、AとBがこんな割合で入っている「箱1」「箱2」を二者択一するとしたら・・・?

20120519b
「箱1」には、価値の低い(満足度の低い)Bが混ざっていますが、Bばかりの「箱2」よりも、Aが多くを占める「箱1」の方が全体としては価値が高くなりますので、当然「箱1」を選びます。

この選択は、簡単、簡単!

ところが、このAやBが「モノ」ではなく「人」となると、話は簡単ではありません。

「1という社会」では、豊かに暮らすAグループと、Aの暮らしよりも豊かでないBグループが存在しています。一方、「2の社会」では、全員がAグループよりも豊かではないBグループの人々です。

社会全体を考えれば、「社会1」の方が明らかに豊かですので、もし、現状が「社会2」ならば、「社会1」になるような方策を考えるべきところです。

(ハ)
ところが、実際には、人は本能的に格差を嫌う傾向があるため、「社会1」よりも、みんなが同じ状況になる「社会2」を好む人がかなりの人数います。

マラソンで走る速度を上げると、先頭から最後尾までの距離が広がるように、経済成長率が高くなると所得面での格差が大きくなります。

「社会2」を選ぶ人は、たとえ、社会全体が成長して豊かになったとしても、格差が大きくなるくらいなら、「みんなが貧乏」な社会の方がよいという考えです。

感情を持たない「ロボット」であれば、100%「社会1」の方が好ましいのに、「人の心」は複雑です。例えば、これまで「年収600万円」にとても満足していた人が、同僚の年収が700万円と知った瞬間、「年収600万円」に満足しなくなる・・・。

では、実際に、どのくらいの割合の人が「社会2」を好むのか?

そこで、ある集団に上記(イ)(ロ)(ハ)の質問をぶつけてみました。

すると、なんと・・・
(ロ)の段階で「箱2」を選ぶ人がかなりいるのです。

ショック!なぜ!?
価値が低くとも、「中身が均一な方がよい」という考え!?
全員が同じ答えになると想定していた「箱1」「箱2」の二者択一でさえ、選び方にバラツキがある!

経済的合理性の観点では説明できない「予想を超えた」多様性を目の当たりにし、現在の日本が急がなければならない「新制度の設計」など、こりゃ~至難の技だわ~と。

・・・・・・。

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2012年5月13日 (日)

あやとり

うわ~!覚えていた!できたわ!

テレビ番組で「あやとり」が取り上げられているのを見て、懐かしくなり、できるかな?と試してみたのです。

何十年(!)も「あやとり」などしていないので、過去に自分がどんなものを作ることができたかという記憶さえ定かでないまま、手に糸を通すと、すいすいと勝手に動いて行く自分の手にびっくり。その手順を言葉で説明して下さいと言われてもできません。まるで他人があやとりをしているようです…。

右脳ってすごい!
Jill Bolte Taylor(参考:TED「Jill Bolte Taylor's stroke of insight」)によれば、右脳は「物事をイメージで考え、体験から感覚的に学ぶ。情報は感覚器から入って来る」。左脳は「膨大な情報の中から詳細な情報を丁寧に拾って、分類整理していく。言語脳。」

日頃、左脳を意識することは多いのですが、右脳は使っていても意識することは少ないものです。ところが何かの拍子に、臭い・匂い、肌触り、味、ざわめき…といった(言葉では表せない)情報が感覚器から入ってきた途端、一気に遠い過去の記憶が鮮明に蘇ることがあります。

無意識のまま、脳のたくさんの機能を使っているのですネ。「人間は脳の10%しか使っていない」という“10%神話”が現在否定されていますが、納得です。

古代ギリシア時代、アリストテレスは感覚器官で得た情報は血管を通って心臓で知覚すると考えていたそうですが、科学技術の進歩に伴い、これからますます「神秘的な脳の機能」について解明されていくのでしょうね。

ところで、「ざわめき」をgoo辞書で調べてみると、「ざわめくこと」ですって!右脳の仕事を「言葉で説明する」ことは難しいようです。

とは言え、「ことばのあや」「人生のあや」などという表現もあるくらいですから、あえて「あや」を「とって」しまうような正確な表現への置き換えは、右脳が働いている「人間」にとっては、なくてもよいことなのかもしれませんネ。

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2012年5月 6日 (日)

ロングセラー

たった1年しか経っていないのに…
IT技術の進歩(普及)や金融の変遷は激しい!

昨年上映された「阪急電車」を昨日テレビで見ました。生活の中心的存在であるケータイ。映画の中では、重要なシーンで使われています。

電車の中でたくさんの乗客がひたすらケータイを見ている光景に「宮本信子おばあちゃん」が顔をしかめるシーン。DV彼氏に「別れ」メールを送るシーン。そして、つながりを切る象徴として、ケータイを折り曲げ壊して水につけてしまうシーン。

撮影から1年半。今、多くの人がスマートフォンを使います。そして、背景にあった金融機関の看板は、今は合併により名前も色合いも変わっています。

映像からは「昔に撮影されたものなのね」という陳腐化が既にもう始まっているのです。

ベストセラー作品は、「ベストセラーだから読む」という「横並び」の意識により売れることも多く、時間が経過すると「イマイチ」ということも多々。

「阪急電車」の映画WEB批評を見ると、特に大きな問題やブームを反映したわけではない単なる1ローカル線を舞台にした作品なのに、概ね高い評価を受けています。

「…同じ場所で同じ時間をいっしょに生きている人がこんなにもいるのに、それはなんの意味ももたない。名前も知らない人達は私の人生になんの影響ももたらさないし、私の人生も誰にもなんの影響も与えない。世界なんてそうやって成り立っているんだ。そう思っていた。でも・・・」から始まる「作品の伝えたい本質」が多くの人の琴線に触れたということでしょうか。

映画「阪急電車」で最も日の当たるメイン的存在である「車両」は、実は、1965年製造の古い3000系のものだそうです。映像で見た運転台の機器は素人の私がみてもアナログ調で「古そう~」と分かるものです。が、「乗客を安全に運ぶ」という「車両」の本質部分に劣化がないから、自信を持って映画に“出演”させることができたのでしょうね。

質が長期にわたり評価され続けるのが「ロングセラー」。時代が変化し、一見古く見えても「陳腐化」しない本物の中身を備えたモノだけが受けることのできる「勲章」です。映画「阪急電車」はベストセラーで終わるのか、ロングセラーとなるのか・・・。

ところで、映画の中で最も進化を感じたのは、ケータイでもなく車両でもなく「芦田 愛菜ちゃん」。今小学2年生の 愛菜ちゃんは撮影当時、幼稚園児。1年間に700冊以上の本を読み「たくさん勉強して、世界の人に見てもらえる女優さんになりたい」という目標をしっかり持つ愛菜ちゃんは、今、身体が大きくなっただけでなく、経験や知識も加わり、当時でさえ凄かった「子役」から、今、立派な「女優さん」へと変わりつつあるのが分かります。「阪急電車」での共演で「尊敬する女優さんは中谷美紀さん」となった愛菜ちゃん。「子役」は大成しないというジンクスが覆されるのか・・・ベストセラーからロングセラーへと。

映画「阪急電車」の伝えたかっただろう本質とは異なる部分にも、私の心が揺さぶられました。

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2012年4月29日 (日)

軌跡、奇跡・・・

5/5(土)21:00~フジテレビで、映画「阪急電車 片道15分の奇跡」が放送されます。

どこにでもありそうな日常が描かれていて、見終わるとほっこり「日本って平和ね~」と感じる作品です。

この映画は2011年4月に公開されています。

2011年4月と言えば、東日本大震災の発生直後で、日本中が大混乱のさなかでした。そんな時期に、およそ「危機」とは関係のない「平和」なこの映画が封切られているのです。もちろん、撮影はそれ以前から行われているわけですから、「たまたま」そうなってしまっただけなのですが・・・。

が、映画を見終えた私は、震災後の上映は「たまたま」ではなく、被災された方たちへの応援歌として「必然」だったのではないか、そう思えました。

映画の中に出てくる地域は、1995年の阪神淡路大震災で震度7の揺れに襲われています。スクリーンに映し出されている「国道」や「新幹線」の橋げたは、震災当時には阪急電車の線路上に落下し、沿線の住宅は倒壊しています。

15年以上の時を経て、そんな大震災の被害など何もなかったかのように、平和で穏やかな映像が流れて行きます。

片道15分の奇跡の裏にある15年の軌跡…奇跡…そして、これからの日本こそ!

映画「阪急電車」公式サイト

フジテレビ「土曜プレミアム・阪急電車 片道15分の奇跡」HP

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