質と評価の一致
「なんだか味が落ちたような気がする」
「もう1軒の別のお店の方がずっと美味しい」
ミシュランで星を獲得したお店で食事をした友人のことばです。WEBで評価を見てみると、確かに悪い!
こういった評価を、一般人の投票だと舐めている人も多いようですが、数値として表れる「集合知」は意外と的確だったりします。
「あのドラマ、全然おもしろくない」
行きつけの美容室のスタイリストのことばです。
「主人公を演じている俳優のファンなので見てみたけど、おもしろくないから見るのをやめた」そうです。その番組は、休日のゴールデンタイムでの放送にもかかわらず、視聴率が5%を下回る状況で、あえなく番組は打ち切りとなりました。
「綺麗に陳列されているけど商品数が少なく、きっとここでは買わないだろうな。」鳴り物入りで進出した有名百貨店に初めて行った時の感想です。そして、現在、その百貨店の売上は低迷中だとか。
「数字」がすべてではないですが、「数字」が多くの人の心の内を多かれ少なかれ物語っていることも確かです。
将来の資産形成に投資信託の利用が叫ばれていますが、残高はさほど増えていません。多くの人は、投資信託を購入しても「得ではない」と感じているからなのでしょうか。実際に、このところの運用成果は芳しくはありません。
そして、何より投資信託会社(以下投信会社)の存続は大丈夫なのかと危惧します。
投信会社にとっての収益源は、ファンドの残高に応じて差し引く信託報酬ですが、その水準は年1-2%といったところです。ということは、ファンドの残高が100億円でも、年間1-2億円の収入にしかなりません。そこから人件費や通信・設備費用なども差し引かれるわけですから、大手金融機関の傘下の投信会社ならまだしも、運用資産残高が100億円にも満たない独立系の投信会社となると運営はかなり厳しいはず…
長期的な資産形成をするために投資信託を利用する場合、少なくともそれを運用する投信会社が長期にわたり存続していることが最低条件になります。
投資家サイドに信頼される運用を行おうと志をもって投信会社を立ち上げても、存続できなければかえって信頼を失墜させることにもなってしまいます(*ファンドに投資した資産は分別管理されていますので、投信会社が倒産しても資産は保全されていますが、その時点でその資産は返還になるのが一般的ですので、長期にわたる資産形成がそこでストップすることになります)。
多くの人は、詳しくは知らなくとも潜在意識から直感的に感じているのでしょうか。独立系の投信会社の残高(「数字」)はなかなか伸びない…。
どの業界でも「規模」は企業運営に有利に働くのが一般的ですが、投信の場合、存続するために必要な「最低規模」のハードルが高すぎる一方で、1ファンドを運用するのに運用資産が大きすぎるとかえって運用が難しくなるとされており、特殊な業界です。
そこで、投信会社が行うべき共通のものについては、ひとつの公的なプラットフォームで管理するなど、各投信会社がかける固定費が少なくなるように制度設計をし、資金力を持たなくとも志あるファンドマネージャーが運用に没頭した結果、「数字」でフェアに評価される・・・という具合にはいかないものでしょうか。
う~ん、弱肉強食の資本主義社会ではムリですかね。
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